EWEの歴史

早稲田電気工学会沿革

1908年:早稲田大学工学科予科、機械科と共に開設
1909年:早稲田大学理工科電気科本科設立
1911年:電気科実験室竣成
1912年:電気科第1回卒業生(21名)、早稲田大学電気工学会発会
初代会長浅野応輔氏就任
1913年:早稲田電気工学会報第1号発刊
1920年:新大学令に基づく大学として認可され、理工科を理工学部と改称
電気科を電気工学科と改称、早稲田大学高等学院設立
1922年:大隈総長薨去
1923年:電気工学科に通信専攻部(第2分科と称す)を設置
1924年:会報を早稲田電気工学会雑誌と改称す
1927年:電気工学会学生部会(略称EWE)設立
1932年:電気工学科に電気応用専攻部(第3分科と称す)を設置
専門部工科電気科設立
1940年:本会雑誌を論文版と資料版に二分す
理工学部研究所設置
1942年:第1、第2、第3分科を改称し、電気工学科と新たに電気通信学科設立
1943年:理工学部研究所を理工学研究所と改称
1944年:本会雑誌、電気学会雑誌に合併される
専門部工科電気通信科設立
1949年:新学制により第一理工学部、電気工学科、電気通信学科および第二理工学部、電気工学科設立
1950年:本会雑誌6年振りに復刊
1951年:新制早稲田大学大学院工学研究科電気工学専攻開設
無線実験局開局
1953年:大学院博士課程発足
名簿刊行委員会により戦後初の会員名簿発行
1955年:規則改正委員会起草による本会規則大改正案可決成立、本会職域支部結成大会開催(43支部)
1958年:第二理工学部電気工学科、電気工学専修および電気通信学専修設置
1959年:第一理工学部電気通信科に電気通信学課程および電子工学課程を置く
電子計算室設置
1960年:第二理工学部学生募集停止
1963年:理工学部新体制、電気工学科定員240名、電気通信学科定員120名、理工学部西大久保校舎第1期工事完成
1967年:理工学部新校舎第3期工事完成、全学科の移転完了
1968年:第二理工学部廃止
1972年:電気通信学科を電子通信学科に改称
1974年:電気工学科3コース制導入(エネルギー、システム、エレクトロニクス)
1978年:電気工学科定員削減(220名)
1982年:本会に終身会員制導入
1991年:電気工学科定員(180名)、電子通信学科定員(100名)、情報学科定員(新設120名)
電気工学科3コース制改正(エネルギー・システム、エレクトロニクス、コンピュータ)
1993年:理工学部新棟(55号館)完成、事務局も同棟へ移転
1996年:本会WWWホームページ開設
電気工学科を電気電子情報工学科と改称
1997年:電子通信学科を電子・情報通信学科と改称
理工学部90周年のつどいが開かれる
2000年:大学院国際情報通信研究科を本庄市に設置
2001年:情報学科が本会参加
2003年:大学院情報生産システム研究科を北九州市に設置電気電子情報工学科、電子・情報通信学科、情報学科の3学科が再編成され、電気・情報生命工学科(略称:電生学科)とコンピュータ・ネットワーク工学科(略称:CS学科)となる
大学院の電気工学専攻、電子・情報通信学専攻、情報科学専攻を統合改組し、電気・情報生命専攻、情報・ネットワーク専攻を設置
大学院のナノ理工学専攻を新たに設置
終身会費の高齢者優遇措置を決定
2005年:大学院国際情報通信研究科と大学院情報生産システム研究科の希望者
2007年: 2008年の理工学部創設100周年に先立ち、「基幹理工学部(6学科、3専攻)」、「創造理工学部(5学科、5専攻)」、「先進理工学部(6学科、7専攻)」に再編成早稲田電気工学会に属する教員と学生は、次の学科、専攻となる
基幹理工学部 情報理工学科、電子光システム学科と応用数理学科の希望者
大学院基幹理工学研究科 情報理工専攻と数学応用数理専攻の希望者
先進理工学部 電気・情報生命工学科
大学院先進理工学研究科 電気・情報生命専攻とナノ理工学専攻の希望者
2008年:理工百周年記念館63号館完成 理工学部創設100周年記念「電気系三学科合同同窓会開催」
2010年:基幹理工学部 電子光システム学専攻 開設
2013年:表現工学科、表現工学専攻の希望者
2014年:情報通信学科新設、また大学院は情報理工学専攻と併合して情報理工・情報通信専攻となる。
2015年:基幹理工学部電子光システム学科/電子光システム学専攻を電子物理システム学科/電子物理システム学専攻に改称