EWE 早稲田電気工学会

会長挨拶

「会長就任にあたって」

EWE早稲田電気工学会 会長 松山 泰男

このたび、2019年の通常総会におきまして,早稲田電気工学会(EWE)の第58代会長を仰せつかりました松山泰男です。Webサイトは、http://www.f.waseda.jp/yasuo2/professor.html​です。どうかよろしくお願い申し上げます。

私は、学部卒業は1969年、そして博士課程修了(電気工学専攻)は1974年です。当時、EWEは電気工学科と電子通信学科という2学科から成っていました。現在はそれが発展して、学部としては4学科になっています(https://www.waseda.jp/fsci/about/future/)。この間、今も記憶に残っているのは、配布されていた早稲田電気工学会誌に研究論文が載っていたことです。そのようなこともあって、EWE会報の起源を調べてみました。第1号は大正2年6月発行(1913年)となっています。以来、EWEには豊かな逸話が数多く伝わっています。そこで、その一端をご紹介しましょう。

一つ目は、明治41年(1908年)に電気科が機械科と共に設置された時、私学としては唯一、恩賜金を基本として設立されたということです。このことは、私自身が学生の時にはまったく知らされていなかったことです。それならば、もっとnoblesse obligeを感じてふるまうべきだったと、今になって反省している次第です。

二つ目は、傑出した先達に関する話です。私はいくつかの経歴を経た後、1996年に本学に着任しましたが、その直後に年配の先生から、「実は、ソニー創業者の井深さんの始末書が、研究室で申し送りされている」という話を伺い、お願いしてそれを見せていただきました。それは、井深さんが電気科第2分科3年生の時のもので、『本弱電実験室備付ケノ「ハネカムコイル」ヲ不注意ニヨリ焼損仕候事何トモ申譯ケ無之候…』という文語体の詫び状を、特上紙に毛筆でしたため、共同実験者および保証人と共に署名・捺印したものでした。これは、おそらくご当人たちが非常に冒険的な実験を試みた結果だったのだろうと解釈しています。このことは、歴史的人物に関する逸話であり、そしてわれわれ後進をむしろ元気づける話題であろうと思っております。そしてこれには、少し因縁めいた後日談があります。当時、その始末書を井深さんにお見せして反応を拝見しようと計画していたのですが、この始末書が再発見された直後に、残念ながら井深さんはご他界されました。

本学のEWEは、上でお話ししたように豊かな歴史を有していて、OB・OGには多様な学芸において傑出した方々が他にも数多く現れています。今後もますますそのようになるであろうと期待できます。ただし、一つだけ危惧があります。それは、「才能のあり余る人は、科学技術の神々(muses)に愛され過ぎないように気を付けなければならない」ということです。以下で、直接に経験した例を挙げてみましょう。

それは、現在進展が急である深層学習(deep learning)の元になっている誤差逆伝播法(back propagation)のアルゴリズムを作り上げた人として有名な、David Rumelhartについての話です。今から約25年前のことですが、スタンフォード大学の同門ということもあって、特別に、彼の研究室において一対一で会ってくれました。話が進んでいった時、彼は、「ヤスオ、俺の脳はもうじき溶けてしまうので長くはないのだと、医者に言われている」と、突然言い出しました。体格の良いその姿を見ていた私は驚きましたが、あまり深刻にはとらえずに、「医者の見立てにはfalse positiveがあるよ」と言ってその場を取り繕いました。しかしながら、この脳そのものを研究する偉大な学者の脳は、その通りになってしまいました。このような話は、別の原因によるものですが、女性で唯一の若きフィールズ賞受賞者にも起きていました。

さて、重い話はここまでにして、EWEの方に話を戻しましょう。会としてのEWEの活動は、ややもすると会員の皆様には見えにくいという声があります。このことについては、代々の反省点として伝わっております。近年、教員筋のEWE会員の方々が、まさしく先端的な講義をネットで公開しています。こういうことも含めて、EWEの活動を世の中によく知っていただけるように努力していきたいと考えております。このことは、もとより会員の皆様、会長代理、副会長、理事、評議員、幹事、そして会の実務を支えている事務局が一体となって取り掛かることにより、可能となります。今後とも、EWEへのご支援とご鞭撻をお願い申し上げる次第です。